がんばる法政人
福岡で活躍する法政大学卒業生のみなさんをご紹介します。

NO1 藤 泰治 氏(株式会社 エイアンドディ・コミュニケーションズ) 
平成17年経済学部卒


 新しい分野でがんばる 若い志を大切にしています

No.1
 校友会の皆さんこんにちは。私は福岡市博多区中呉服町で広告代理業を営んでいる、 藤 泰治(とう やすじ)と申します。歳は54歳です。平成12年からこの会にお世話になっていますがどうぞ宜しくお願いいたします。 平成17年3月24日、武道館での学位授与式を終えたばかりですが、通信教育で経済学を学び、卒論は矢作敏行教授の指導のもと 『通 信販売の展望・百貨店通販の将来』 をテーマに約8ヶ月かけて取り掛かり無事パスして卒業にこぎつけたところです。 通信教育を受ける人は、働きながら、或は、育児や主婦をしながら、また、キャリアアップや、生涯学習の一環として等さまざまです。 通 教生はそれぞれの生活環境が違う中、法政大学で学びたいとの目的で集まっています。年齢も20歳台前半から上は70歳台に至るまで、世代もまちまちですが、世代の価値観を越えてみんな楽しく学んでいます。そんなところで、私は1994年に法政大学に入り、今年11年目にやっとゴールを迎えることが出来たのです。 これも諸先輩方々のお力をいただき無事仲間入りを果たす事が出来ました。 ここにあらためまして御礼申し上げたいと存じます、有難うございました。  話を私の会社に戻しますと、現在、社員は13名、年商は今年度3億6百万円(見込み)の規模で会社を営んでいますが、わが社の得意な分野は通 信販売企画です。社内にクリエイティブ部門(6名在籍)があり、企画やデザインや写 真のスタッフを抱えているのが強みです。その関係から競争の激しい業界において事業が継続していられるのも、それらの要因なのかなと思っています。  企業理念として、Q・C・S- <クオリティ・ コンビニエンス・ スピード>、解りやすくいえばより速く、利便性を発揮して、より顧客の満足のいくものを創りだすことです。 私は脱サラし、ゼロからの出発をして9月末で丸10年になります。会社を起業してから、昔の友人の保証かぶれに遭ったり、取引先の倒産にあったり、運転資金が足りずに支払いの猶予を願い出たり等、これまでいろいろな苦労や経験をいたしました。 しかし、ここまで来れ、頑張れたのも得意先や協力会社からの温かい支援があったからこそであり、そして、それにもまして、家族や従業員の支えが強くあったらこそここまで来れたのだと感謝しているところです。 先週、博多祇園山笠(恵比寿流)の奉納を終えたばかりでまだ疲れは残っておりますが、今年度からは校友会の幹事をおおせつかり、微力でありますが母校のためにお役に立てればと思っているところです。 最後なりますが、母校のHPに私のスペースをいただきましたことに感謝申し上げますとともに、校友会の活動が今後、益々発展しますことをお祈り申しあげ、私のご挨拶といたします。有難うございました。
通信教育部 経済学部 商業学科 平成17年卒業

株式会社 エイアンドディ・コミュニケーションズ
代表取締役  藤 泰治
福岡市博多区中呉服町7−14 tel092−261-2020
Eメール y.to@adc-web.co.jp


NO2 飯田 善輝 氏(前田証券 株式会社  代表取締役社長) 昭和40年経済学部卒

毎回、法政の集いに出席させてもらい楽しませてもらっています。

No.2 地元経済発展の一翼を担う九州の証券会社 社長!!

 福岡の地で60有余年北部九州内に拠点を配し幅広い金融商品を販売。
 昭和15年創業の前田証券は、福岡銀行や西日本シティ銀行、九州電力、西部ガス、西日本鉄道といった九州を代表する企業が、当社の大株主になっていただいていることからもお分かり頂けるように、証券業務を通 じて地元に貢献することを目的とする証券会社です。
 当社の主要業務は大きく3つに分けられます。まず投資家の皆様の委託を受けて有価証券を売買するブローカー業務、二つめは企業の資金調達のニーズを受け社債や株式を引き受けて販売するアンダーライティング業務、三つめは自己資金で株式を売買するディーリング業務です。営業収益面 では、ブローカー業務が大きなウエートを占めています。
  拠点は福岡県内を中心に、北部九州に14箇所置いています。東京支店は、証券業界のメッカと言える兜町の中心地に位 置しており、在京の大企業や、機関投資家、同業証券会社との関係強化をはかっています。一方で、各地に点在する支店では、幅広い多くの投資家の皆様からのご相談にきめ細やかに対応する地域密着型の営業を行っています。
 
1942年 9月生まれ
1965年 法政大学経済学部卒、同年 山一証券(株)入社
1982年 同社北九州支店次長就任以降、所沢、前橋、京都の支店長および役員を歴任
1997年 同社代表取締役常務就任
1998年 前田証券(株)入社、顧問就任
1999年 同社代表取締役社長就任


NO3宮川 具 久氏

原鶴温泉 ホテルパーレンス小野屋社長 平成17年10月より原鶴温泉旅館組合長に就任)
昭和48年経済学部卒

法友会に参加させていただき楽しんでいます。

No.3伝統と新しさを生かした元気な経営を目指す社長

原鶴温泉は現在旅館数が24軒、合わせて3, 0 0 0名の収客力があり、福岡県下随一のお湯の湧出量を誇り、各旅館ごとに数本の泉源を持ち、様々な趣向をこらしたお風呂があります。泉質は単純アルカリ泉で肌にやさしく特に女性の方にご好評です。さて、原鶴温泉の歴史ですが、「原鶴温泉の由来」という一冊の本がありますので、これを参考にお話ししたいと思います。この本は昭和24年2月25日志波宝満宮第20代宮司小野直世氏の書かれたものです。西南の役後、明治12年頃に志波の漁師が筑後川に霜脆すくいに行くと砂浜に霜のおりてない個所があるので、村内各戸から出て掘ってみたら温泉が湧き出た.そこで板で囲んで浴場を作り50数人が株主になり「会社の湯」を設立した。しかし、筑後川は別名一夜とも言われる通り、大変な荒れ川なので増水のたびに何回も川原に浴場を作り直さなくてはならない。そこで私の先祖の小野熊七と息子の長作が志波上町の油屋(種油製造)の家屋敷を売払って原鶴に行き、明治14年3月6日付で温泉試掘願を福岡県令(県知事)渡辺国武氏に提出し、屋号を小野屋とし旅館を始めた。この試掘願は現在も福岡県庁にあります。その後、泉屋・油屋、又、昭和の初めに延命館・六峰館等が開業。昭和28年の大洪水では殆んどの旅館が倒壊しましたが、復興し今に至っております。当館は平成10年4月11階建58室の新館(中央館)を増築し、サウナ・内湯付の庭園露天風呂を新設して、全館リニューアルしました。「お客様に感動を与え続けるやさしいホテル風旅館」を経営目標に、屋号もホテルパーレンス小野屋としました。「パーレンス」とはラテン語で、親・先祖・始祖を意味します。親・先祖に感謝し、新らしいスタートをさせて頂くという気持ちでつけました。中央館は全てパリアフリーで、玄関から客室迄車椅子で移動出来、ハンディキャップルームも1室設置し、大半の客室はゆったりとした和洋室としました。お客様がお部屋でゆっくりとくつろげる様にチエックイン後はチエックアウト迄お呼びの無い限り入室いたしません。お食事はお部屋とは別の場所になります。3階にはコンベンションホールを設置し、立食で300名、着席で200名対応でき、結婚披露宴・各種パーティ・会議等幅広くお使い頂けます。結婚披露宴はホール・大広間・庭園・レストラン等お好みのスタイルで御利用でき、東館には常設の神殿もあります。庭園ではビアガーデンも始めました。お風呂上りの一杯は格別の旨さです。又、中食・夕食・宿泊等四季折々の色々なプラン(忘新年会等)を行っており、平成3年から館内で各種コンサート(ジャズ シャンソン 室内楽等)絵画展等様々なイベントを開催しています。10月10日には柳家さん喬師匠の古典落語の独演会を開催します。興味をお持ちの方はどうぞご来場下さい。尚、西館のレストランは、お食事・喫茶だけでも御利用でき、入浴のみも承わっております。どうぞお気軽に御利用下さい。さて、原鶴温泉では数年前迄「う飼とフルーツの里」をキャッチフレーズにしていましたが、近年は「香りと彩りの感幸地」を合言葉として、7,000 uのハープ公園・フラワーパーク・ガーデニング等で町づくりを進めています。歓楽街ではなく、御家族連れ、女性客に安心して楽しんでもらえる温泉地にしようと、地元が一体となって頑張っています。しかしながら一温泉地だけの魅力では足りません。周辺の甘木市・朝倉郡・浮羽郡等の観光資源を広く紹介しなくてはなりません。皆様是非原鶴温泉にお越し下さいませ。


原鶴温泉 ホテルパーレンス小野屋
〒838-1514 福岡県朝倉郡杷木町原鶴温泉
TEL:0946(62)1120 FAX:0946(62)2738
E-mail:onoya@parens.jp


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自薦・他薦は問いません。「がんばる法政人」にご応募・ご紹介お待ちしています。
>>法政福岡どっとこむ「がんばる法政人」係


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